2018年11月24日に関西大学経済・政治研究所が主宰する2018年第13回公開セミナー「地方債市場の現状及び地方公会計・地方債に関する論点 」に参加してきました。
講演者である江夏氏は、野村資本市場研究所主任研究員です。
主として地方債の制度面についての研究をされています。
投資家の立場から見た地方債市場や地方公会計と地方債についてのお話もありましたので、私が理解した内容も踏まえながらご紹介したいと思います。(タイトル等、実際の講演と一部変えているところがあります)
地方債の基礎知識
地方債って?
とても基本的なことですが地方債とは何でしょう。
地方債は「 地方公共団体が財政上必要とする資金を外部から調達することにより負担する債務で、その履行が一会計年度を越えて行われるもの」です。
地方債を発行することができるのは都道府県や市町村と言った普通地方公共団体、特別区、地方公共団体の組合、地方開発事業団といった特別地方公共団体となっています。
地方債と言うと、民間企業の方は社債をイメージして証券形式のものをさすと考える方もいらっしゃると思いますが、地方財政法上は金融機関からの証書借入も地方債になります。
地方公会計の貸借対照表で地方債と表示されているものには、金融機関からの証書借入も含んだ金額となっています。
ただし金融商品取引法上は証券形式のもののみ地方債とされているため、使い分けが必要となります。
お金はどこから調達するの?
国内で調達する場合がほとんどですが、外貨建てまたは円建てで、海外から資金を調達する場合もあります。
国内については公的資金と呼ばれる公的な機関から調達する方法と、 民間等資金と呼ばれる民間から調達する方法があります。(以下それぞれ公的資金、民間等資金と言います)
公的資金には2種類あり、財政融資資金、地方公共団体金融機構資金とがあります。
財政融資資金は3年から40年、地方公共団体金融機構資金は5年から40年と償還期間が長くなっています。償還方法は元利均等償還です。固定金利と利率見直し方式の選択です。
民間等資金には2種類あり、市場公募債を発行する方法、銀行等が引き受ける(借入含む)方法があります 。
市場公募資金は 5年、10年、20年、30年のものがあり満期一括償還が中心です。金利は固定金利です。
2018年度の全国型市場公募地方債発行予定団体は55団体とのことです。
銀行等引受資金は10年が中心ですが銀行等との合意に基づき様々な年限があります。
償還方法は元利均等、満期一括など、利率の設定は地方公共団体の任意で、これも銀行等との合意によります。
財務省のホームページを見てみると、平成30年度の発行計画額約12兆円のうち4割が公的資金、残りが民間等資金となっています。
https://www.mof.go.jp/filp/summary/filp_local/tihousaiseidonogaiyou.htm
残高ベースでみると下記のサイトの図のようになっています。
公的資金の割合がどんどん下がり、市場公募債が増えていることがわかります。
https://www.mof.go.jp/filp/reference/filp_statistics/201804d.pdf
地方債の形態に関する近年の傾向
1990年代後半から2000年代半ばにかけて市場公募化の進展に伴い証券形式の地方債が増加したそうです。
一方銀行等引受資金では、時価会計の導入とペイオフ解禁を背景に証書方式が増加したそうです。
銀行等引受資金について、近年では金融機関が預貸率上げるため証書借入が選好される傾向にあり、70%ぐらいが証書借入となっているとのことでした。
発行条件の決定
全国型市場公募地方債は、従来、同月に発行される同年限の地方債は全て同一条件という統一条件決定方式が採用されていました。
2002年度から 金融機関と独自に発行条件の決定交渉を行う個別条件決定方式が導入され、徐々に個別条件決定方式に移行する団体がでてきました。
個別条件決定方式では、より流通市場の利回り等を反映した発行条件で発行されることになります。
2006年からは全ての団体が個別条件決定方式で発行するようになっています。
地方債の償還年限
地方債の償還年限についてはおなじみの建設公債主義が前提となっています。
建設公債主義とは、建設事業費に係る地方債の償還年限は当該地方債を財源として建設した公共施設又は公用施設の耐用年数を超えを超えないようにしなければならない、と言う地方財政法第5条2の取り決めです。
ただし、償還期限を定めない永久債も発行が可能となっており、1団体(千葉県工業用水事業)だけ発行している例があるとのことでした。
ちょっとびっくりです。
地方債市場の現状
地方債市場の規模
ここからは民間等資金についてのお話になります。
民間等資金で約98兆円の残高がありますが、10年前から見ると約1.3倍となっています。
日本の地方債市場は世界的に見ても大きな市場だそうです。
国内の一般債市場の内訳で見ると地方債は32.9%となっています。(2018年3月現在)
日本の地方債の保有者は3/4が金融機関で個人は1%にしかすぎません。
アメリカでは個人の割合が7割近くなので、日本特有の構造のようです。
地方債のクレジット・スプレッド
日本の地方債は、スプレッドが上乗せされ取引されるそうです。
この上乗せされる金利のことを クレジット・ スプレッドと言います。
このクレジット・スプレッドという言葉で、もうつまづきそうですが、要は債務不履行リスクに応じて上乗せされる金利のことでプレミアムともいう(コトバンクより)ものです。
クレジット・スプレッドは主に次の三つの要素から成り立っています。
信用リスクプレミアム (日本の地方債はデフォルトにはならないが、期限が遅れるリスクはある)
流動性プレミアム(売買のしやすさ)
その他のプレミアム(先行きの不透明さやニュースのヘッドラインで「夕張市倒産」のようなニュースが流れた際の市場の過剰反応)
過去にはクレジット・スプレッドが大きく動いた時代もありましたが、現在はマイナス金利の影響もありスプレッドに大きな差が開かず低い範囲で落ち着いているそうです。
資金調達の安定性を享受するために地方公共団体に求められること
この章の最後では地方公共団体が資金調達の安定性を享受するために求められることのお話がありました。
求められることとしては、地方財政の健全化であるとか財政の透明性の向上、地方債の商品性の向上や、投資の利便性の向上など。
この辺りは、民間企業の社債発行においても同様ですね。
具体的には金融市場や投資家のニーズに即した商品設計や情報提供が求められます。
次の章のテーマとなりますが、地方公会計の情報が、 IR(投資家向け広報)や 財政健全化に役立っていることをアピールするのに使えそうです。
地方公会計と地方債
やっと地方公会計にたどり着きました。
地方債については基礎知識が不足しているので、先日の講義資料を見ながらわからない用語を調べたりで、ここまでまとめるのにもとても時間がかかってしまいました。
ようやく本題の地方公会計です。
地方債との関係では地方公会計の指標を IR に活用したり、起債の平準化などに活用できるのではとのことです。
地方公会計と起債の平準化
起債の平準化の事例として精華町の公共施設等総合管理基金 を使った説明がありました。
皆さんご覧になったことがあるのではないかと思いますが、精華町では図のように、固定資産台帳をもとに将来の投資的経費を試算し、平均値以下となる年度に平均値の差額を基金に積立て、平均値以上となる年度に基金を財源として活用できるよう、公共施設等総合管理基金を創設しています。
出所:精華町「 公共施設等総合管理計画(2016年3月)」P35
資金需要が平均化するよう基金を積み立てておくと、お金が必要な時に市場金利が高く不利な条件で地方債を発行することを回避できるため、おすすめとのことです。
確かに、現在は低金利ですがこれがずっと続くかと言うとそうではないと思います。
将来を見据えて積立をしておくことは非常に重要だと思います。
地方公会計と地方債IR
また地方公会計の指標を使った分析で、財政健全化法の将来負担比率と地方公会計の有形固定資産減価償却率の組み合わせ分析の紹介がありました。
将来負担比率と有形固定資産減価償却率の組み合わせ分析は、総務省の「地方財政の健全化及び地方債制度の見直しに関する研究会(2015年)」
(http://www.soumu.go.jp/main_content/000388647.pdf)
で検討されていたもので、財政状況資料集にも掲載されています。
有形固定資産減価償却率が高いほど、耐用年数に近づいていることを表します。
この率が高いほど有形固定資産の老朽化が進んでおり、更新費等の将来負担支出が今後増えることが予想されます。
この分析から何がわかるかと言うと、将来負担比率が同じ数値であっても老朽化対策の将来負担が重い団体とそうでない団体かを見分けることができるということです。
老朽化対策の先送りといった将来負担も含め、将来負担をより総合的にとらえることができるため、投資家からの注目を集める可能性があるだろうとのことでした。
そして、このような組み合わせ分析を用いて、自団体の位置を把握し、 IR に生かすことが鍵になるということです。
都道府県と政令市において連結ベースの分析結果をご紹介いただきましたが、グラフで見ると非常にインパクトがあるので、日経グローカルで報道されていた有形固定資産減価償却率の数値と、総務省のホームページで掲載されている将来負担比率の数字でグラフを再現してみました。
ご紹介された資料は連結ベースでした。
なぜ連結ベースなのかとお聞きしたところ、 民間企業の社債は基本的に連結ベースで評価しているのでそれを踏襲したとのことでした。
確かに民間では連結が主たる財務諸表です。
連結を主として見るのは、親会社はいくら儲かっていても子会社で損失が発生していれば素敵な責任は親会社に負担として戻ってくることや、親子間の取引が複雑化し連結全体として見なければ経済実態が把握できないと言った理由からです。
なるほどそれは一理あると思いつつ、 日経グローカルで連結ベースの数値が公表されていないこと、一般会計と全体でそれほど大きく数値が変わらないこと、財政状況資料集では一般会計等を掲載していることから、ここでは一般会計等で講義の分析に近いグラフを再現してみました。
出所:日経グローカルNO.347「Focus 公会計・統一的基準の財務4表分析」掲載有形固定資産減価償却率(一般会計等)及び総務省「平成28年度決算に基づく健全化判断比率・資金不足比率の概要(確報)2017年11月30日」より、野村資本市場研究所算出方法を参考に筆者算出。
統一的な基準による財務書類未公表で有形固定資産減価償却率が算定できない団体は除いている。
平均値はそれぞれの加重平均(将来負担比率平均値には、有形固定資産減価償却率を公表していない団体を含む。有形固定資産減価償却率平均値は和歌山県を除く)。
※都道府県の将来負担比率平均は、173.4です。現在修正中ですが、取り急ぎ)
こうやって比較するとインパクトありませんか?
よく統一基準の財務諸表を見せられて、うちの団体はいかがでしょうかと聞かれるのですが、経年比較もなく他団体の平均値ともない中で聞かれても、ほとんど判断がつきません。やはり他の団体との相対比較で資産が多いとか、コストが高いとかいうことが分かって、その要因を分析で突き詰めていくことでその団体の課題が明らかになってきます。
このように だんだんデータが揃っていくと、地方公会計も有用な情報を提供するようになってくるのだなあと、改めて思いました。
最後に
今回は地方債というあまり馴染みのない分野のお話だったので、非常に新鮮で勉強になりました。
また地方債の発行や、施設マネジメントにおいて、地方公会計の情報で活用できそうな事項や指標が確認でき、有用でした。
何の団体も公共施設やインフラ資産の将来の更新費が大きな課題となっています。
人口が減少し税収減が見込まれ、財源確保も難しくなります。
地方債も現在は非常に低金利ですが、近い将来上がっていくと見ています。
金利の負担はご存知の通りバカになりません。
例えば1000万円を30年元利均等返済で借りると、金利が1%なら返済額は約1,158万円です。
金利が5%に上がると、返済額は約1,933万円と倍近くになってしまいます。
もし満期一括償還なら、1%で1,300万円、5%で2,500万円です。
最近は低金利が続いているため、金利が上がるということがあまり想像できないかもしれませんが、 20年満期の国債が登場した昭和61年の20年物国債の金利は5.9%でした。
その後バブルが崩壊した平成7年でも4%台となっています。
昭和後半では9年物国債が8%や9%と言うのもざらにあります。
8%や9%で30年借りることはないでしょうが、仮に借りるとすると返済額は 9%元利均等で2,897万円と3倍近くにもなってしまいます。
満期一括償還だと3,700万円です。
よく将来の世代が使うので将来世代に返済させると言われることがありますが、返済額には金利負担を含まれるということをよく考えた上で借りなければ、将来世代は使っている以上の負担をすることになります。
ましてや将来世代の人口は少なくなるので、負担する人口を考慮した借入れをしてほしいと切に願います。
そして、地方公会計の情報で固定資産の将来更新費を試算したり(精華町の事例のような試算です)、有形固定資産減価償却率をいろんな切り口で分析していくことができます。
このあたりは、またの機会にブログで書いていきたいと思います。
今回ご紹介した江夏氏の有形固定資産減価償却率を用いた分析は、野村資本市場クォータリー 2018年秋号に詳細が掲載されていますのでぜひご覧ください(下記サイトは概要の記載のみ)。